春は変化の季節です。
4月から新しい環境になる人もいるでしょう。
(最近何回かこのセリフ書いた気がする)
さて、変化は何かと大変なことが多いです。
特に環境の変化は、体にも心にも大きな負荷をかけます。
「良い環境になるから大丈夫!」
と思っている場合は要注意。
実は変化には必ず負荷が発生します。
良くなるか悪くなるかではなく、
”今と変わること”に負担がかかるのです。
悪くなるとわかっている変化には身構えることができますが、
良くなる変化についてはおそらくノーガードですよね。
油断していると病んでしまうことになりかねません。
システムやアプリも同様で、変化には血を伴います。
特に変化へのメリットを受けにくいポジションの人たちからすれば、
たとえそれが必要な変化であっても痛みでしかありません。
例えば、
自分が普段使っているアプリがアップデートしたとしましょう。
運用曰く、機能が増えてより便利になりました!的な
文言がアップデートの肯定文として並びますが、
毎日アプリを使っている自分としては、今までの機能で
十分に満足だったし、特に何の不満もなかった。
でもアップデートされて今までの操作とは異なる操作を
強いられるようになってしまった。
使っていけばまた慣れていくのだろうけど、
自分が慣れるための負担(コスト)に見合う対価は何なのだろうか。
頻繁にアップデートを繰り返すアプリなんかを使っていると
そう思うことはも多いかもしれません。
そういうアプリって、誰のためのアップデートなのか
わかりにくいですよね。
環境に合わせ変化していくことは必要ですが、
変化することが目的ではない。
”変わらないことに対する価値”
なんていう観点も、アプリには必要かもしれませんね。