反対というなら対案が必要というお話
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反対というなら対案が必要というお話

加藤です。

何事においてもですが、「反対である!」「Noだ!」というのは、
大切な意思表示ですが、もしかしてそこで終わっていませんか?
本日は反対には対案が必要というお話を少々。

最初に結論をお話してしまったので、補足的な内容になってしまいますが、
賛成!反対!というのはある意味で「多数決への参加」でしかなく、
「では、どうするべきか?」こそが「話し合い」であったり「議論」と呼ばれるものになるのです。

そもそも「話し合い」や「議論」をする気がないのであれば、
「多数決のみで雌雄を決する」という方法以外なくなってしまいます。

あくまで私の経験談ですが、「話し合い」として呼ばれたのに、
「多数決」を始められたことは数えられないぐらいあります。
そういう場合には途中で会議を中断し、
席を立つという強行手段を取ったこともございます。
だって、そもそも「話し合い」をする気がないのですから、
「話し合い」に来た側としては時間がもったいないわけです。

上記のような、前提が崩れてしまっているシチュエーションではなく、
双方がこうしたいという具体的なものを持ちあって、
文字通り「話し合い」となる場合において、
冒頭で申し上げた「反対というなら対案が必要」となるわけです。

逆に言いますと、「賛成(これがよい)というなら説明が必要」というものと、
セットになるわけですが。

つまり、物事を進めるにあたり、A案とB案があり、
実行者はA案で進めたいと考えているが、
当事者でないに人間からみると、B案とするほうがよりうまくいくと考えられた。
では、A案とB案を双方説明し、話し合うことでよりよいC案が出来上がる。
そんな状況こそが「話し合い」ではないですか?

もちろん、A案がやっぱりいいねとなったり、B案素晴らしい!となることもあるでしょうが、
それも視点の違う人間が具体的に案を持ちあい、双方の案をしっかり理解しあったことで
生まれるものです。

ちなみに多数決のみで決する場合どうしても感情論になりやすいと側面もあります。
その場の雰囲気や背後関係などが大きく影響し、
内容関係なくYes or Noが決定されてしまい、後々大変なことになる。
なんてことは心当たりありませんか?

今日のお話に限らず、上辺や雰囲気で良い・悪いだけを言い合うのではなく、
「なぜそうなのか?」ともう一段階踏み込んだものを用意した、
「話し合い」を行うように心がけるとちょっと普段の仕事が変わるかもしれませんよ?

本日は「反対というなら対案が必要」というお話をしてまいりました。
なにかのお役に立てば幸いです。

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投稿者プロフィール

加藤美紀
P&A Works Company株式会社 ワークモデルクリエーション事業部所属のシニアアーキテクト。

名前は紛らわしいが「よしのり」です。

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